メンヘラの夜の精密描写

1:00

 体をもう2時間も寝かせているのに、いまだに体は眠りに落ちない。未解決な夜である。私はのっそりと体を引き起こして、誰も居ないリビングへ降りて水を飲む。暗い部屋に鈍く光るシンク、そこへ滴り落ちる水・・・妙な艶めかしさを感じつつ水を口に含むが、何か生ぬるく、不満足なまままた布団へ体を押し入れた。

2:00

 深夜二時、音もない自室で私の頭脳はスパコンばりにフル回転している。それは夜半にひとり震える冷蔵庫に似ている。なるほど私もまた排熱がうまくいかないタチである。やがて私はうっすらと目に涙を浮かべて窓際に佇み、どことなく街を見渡す。そして結露した銀サッシに手をやり、そのひんやりとした感触にすこしだけ誇らしさを覚える。「わたしは、不眠。」心なかで小さくつぶやいた後、折り紙の鶴をしまうように私は丁寧に言葉を飲み下す。そのとき、私はきっと今日は眠れることを確信するのであった。

3:00

 しかし体はまだ、落ちない。私はまたも起きだして、外をすこし散歩することにした。冷え切らぬ夏夜の住宅街をぐるぐる歩き回ると、足裏が体重で潰れる感触がして心地よかった。コンビニはこの時間でも正しく光を保っていて、寝静まった街で、私は私が誰でもない存在になっていくような気がした。やっと機械になれた、そんな気がした。

 けれどまた、布団に入ってからは寝つけなかった。寝ようとすればするほど、昔の怒られた思い出や、恥ずかしい出来事をかわるがわる思い出してしまった。仰向けの私は、まるで頭蓋のプラネタリウムに映し出されたそれらを見上げているようであった。

 凝り固めた思い出を細胞液中に浮かべた半透明の脳細胞が、私の頭蓋にはみっしりと産みつけられていて、私はもはやそのひとつひとつを覗き見ることが止められなくなっていた。それは遠い昔の思い出なのに、とても精密で、なにより今ここで起きているかのような差し迫るリアルさがあった。胸を締め付けられるような鋭い痛みと興奮への没入は、私という存在を奪い去ってくれるかのようなスリルをも味わせた。

 

 

 不健康な行為であることはわかっていたが、そうやって毎晩過ごしていると、ついに私の精神は発振してしまった。そう、私はついに冷蔵庫になれたのだ。夜半にけもののように震える、心なんて存在しないあの冷蔵庫になれたのだ。製氷皿に溶けることない氷を浮かべながら・・・