佐川ちかについて
最近佐川ちかという詩人の詩を夢中になって読んでいる。
僕の好きな佐藤弓生の『薄い街』の中で佐川ちかについて触れられており、いつか読んでみたいと思っていた。最近ふと検索したら作品の多くがネット上に掲載されてるのを発見して、片っ端から読んでいる。
通読して思うのは、自然についての描写が特徴的だということだ。繊細で叙情的に風景を描くのではなく、むしろ強烈で直接的な表現を使いながら淡々とした文体で自然を描いていく。グロテスクなようにさえ感じられるようなパワフルな描写が次々に書き述べられる。
果樹園を昆虫が緑色に貫き
葉裏をはひ
たえず繁殖してゐる。
鼻孔から吐きだす粘液、
それは青い霧がふつてゐるやうに思はれる。
時々、彼らは
音もなく羽搏きをして空へ消える。
婦人らはいつもただれた目付で
未熟な実を拾つてゆく。
空には無数の瘡痕がついてゐる。
肘のやうにぶらさがつて。
そして私は見る、
果樹園がまん中から裂けてしまふのを。
そこから雲のやうにもえてゐる地肌が現はれる。
そのような自然の生命力は、時に「私」を圧倒するような暴力的な存在でさえある。いや、あらゆる命は死を運命づけられているように、自然は私たちと分けられるものではないのかもしれない。
私はあわてて窓を閉ぢる 危険は私まで来てゐる 外では火災が起つてゐる 美しく燃えてゐる緑の焰は地球の外側をめぐりながら高く拡がり そしてしまひには細い一本の地平線にちぢめられて消えてしまふ
私はミドリといふ名の少年を知つてゐた。庭から道端に枝をのばしてゐる杏の花のやうにずい分ひ弱い感じがした。彼は隔離病室から出て来たばかりであつたから。彼の新しい普段着の紺の匂が眼にしみる。突然私の目前をかすめた。彼はうす暗い果樹園へ駈けだしてゐるのである。叫び聲をたてて。それは動物の聲のやうな震動を周囲にあたへた。白く素足が宙に浮いて。少年は遂に帰つてこなかつた。
窓の外で空気は大聲で笑つた
その多彩な舌のかげで
葉が群になつて吹いてゐる
私は考へることが出来ない
其處にはたれかゐるのだらうか
暗闇に手をのばすと
ただ 風の長い髪の毛があつた
死が、病が命を犯して取り込み、一方でまた命を生み出してゆく。人が自然が私を産み、また捨ててゆく。幻想的ですらあるこの世界が、強い確信をもって鋭い筆致で描き続けられる。
打ちのめされるような読書体験をしました。
現場からは以上です。